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耽溺
耽溺




【溺愛SSL−沖田総司×雪村千鶴−より抜粋】





 
 
 
 
 駆け足で私立薄桜学園に向かいながら、雪村千鶴は鞄の
中から取りだした携帯で時間を確認した。
 朝のHRが始まる時間まで、あと五分しかない。
 ここから、どれだけ急いで学園に向かっても、十分以上
かかるのは解っている。しかし千鶴は走るのを止めるわけ
にはいかない。
 急いではいるものの風紀委員である双子の兄の薫と斎藤
一に、また罰則を言い付けられると思うと気が重くなって
くる。
 千鶴は昨夜、遅くまで宿題である数学のテキストをして
いたのだが、苦手な問題に行き詰まってしまい、眠るのが
遅くなってしまったのだ。
 目覚ましのアラームを止めて、二度寝してしまったのが
運のつきだった。
 今日に限って、いつも一緒に学園に行っている幼なじみ
の藤堂平助は、朝練の為に先に学園に向かっていたのだ。
 両親が他界し、双子の兄と別々に暮らしている千鶴には、
起こしてくれる人はおらず、結局こんな時間になってしまっ
た。
「……どうしよう」
 心細さを感じながらも、千鶴が学園に向かって走ってい
ると、前を優雅な足取りで歩く、同じ学園の生徒がいた。
 ただでさえ遅刻してしまうような時間だった。
 歩いていくなど、どれほど剛胆な性格をしているのだと、
千鶴が目を見開くと、駈けてくる足音が聞こえたのか、前
を歩いていた生徒が、不意に振り返る。
「やあ、千鶴ちゃん。今日は猿みたいな幼なじみは一緒じゃ
ないんだ? なら、一緒に行こうよ」
 そう微笑みを浮かべたのは、千鶴の先輩にあたる沖田総
司だった。
 遅刻常連なのだが全く反省の色がなく、風紀委員たちも
手を焼いている存在だ。
 彼の言う猿みたいな幼なじみというのは、もしかして平
助のことなのだろうかと、一瞬考えてしまう。
 しかし千鶴は、今はそれどころではない……と、沖田を
叱責する。
「歩いてる場合じゃありませんよ沖田先輩! 急がないと、
もうこんな時間なんですから」
 そう千鶴が言っても、総司はやはり急ぐ素振りはなかっ
た。
「今から行っても、どうせ遅刻なんだから、慌てることな
いって。……せっかくここで会えたんだから、ゆっくり風
景でも楽しんだら?」
 楽しむと言っても、桜の時期も過ぎているので、見渡し
ても目にはいるのは、いつも見ているただの住宅街だ。
「何を悠長なことを言ってるんですかっ! 先に行きます
よ?」
 そう言って千鶴は、沖田の隣を通り過ぎようとした。
 しかしそれは叶わない。
 通り過ぎようとする千鶴の腕を、彼が力強い手で掴んだ
からだ。
「置いて行こうとするなんて酷いな。一緒に行こうよ。今
日は邪魔者もいないことだしさ」
 邪魔者とはいつも千鶴が一緒に学園に行っている平助の
ことだろうか……と、またも呆れそうになる。
「一緒に行くのは構いませんが、走って下さいっ」
 泣きそうになりながらそう告げるが、沖田は走ろうとは
しない。
「嫌だ。今日はそんな気分じゃないんだよね」
 気分で大遅刻の道連れにされては適わない。同じ遅刻で
も急いで間に合わないのと、諦めてゆっくり行くのでは大
違いだ。
「子供みたいなこと言わないで下さい沖田先輩」
 千鶴はまるで散歩をせがむ飼い犬のように、千鶴は沖田
の手を引こうとするが、意地悪にも彼はますます歩く速度
を落としてしまう。
「こんなことをしていると、一時間目に間に合わなくなり
ますからっ」
「いいんじゃないの? どうせつまらない授業だし」
 遅刻魔であるにも関わらず、沖田は優秀な成績を修めて
いた。
 だからこそ、先生たちも彼に一目置いているのだが、苦
手科目は壊滅的で、他も一般生徒レベルでしかない千鶴は
そうはいかない。
 沖田と一緒に大遅刻するような真似をすれば、生徒指導
室に呼び出された挙げ句に、散々怒られてしまうだろう。
 特に風紀委員である兄の薫の、お仕置きを想像するだけ
で血の気が引いてしまう。
「なに? 僕と一緒に学園に行くのは、嫌なわけ?」
 そして遂に、沖田は見当違いなことを言い出してしまっ
たのだった。
「そんなんじゃありません!」
 ブルブルと頭を横に振りながら、沖田の言葉を否定する
と、彼はニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「じゃあ何の問題もないよね」
 問題だらけだと言い返すことも出来ず、千鶴は沖田に連
れられて、学園に向かうことになってしまったのだった。
 
 


        ......Coming Soon 【耽溺】



author:仁賀奈, category:パロ同人サンプル, 09:41
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